ゆゆの持論!この世界って、実はゲームだと思う。

この世のカタチ

私は幼い頃から、この世界の本当の仕組みとか、表立って見えていないけど裏側に確かに存在する真実とか、に対してとても興味を持つ子どもでした。
なので、教科書に書いてある事とか、親の意見や、常識とされている事にさえも、自分の腑に落ちなければ「え、それホントに本当??間違ってない?!」と容赦なく疑ってかかる、ある意味とっても扱いにくい子どもでした。。
でも!それって素晴らしい才能だったと今は自信を持って言えます!笑

そんな私の大発見。はっきりいつとは覚えていないのですが、今から十数年前のある日。ふと、思ったんですよね。

「この世って、もしかして、ひょっとして、、壮大なゲームなんじゃない??そして、私は実はこのロールプレイングゲームの主人公というか、操作できるタイプのキャラクターなんじゃないの??」
「私は自分のこと、自分の意思で生きてるって思っていたけど、もしかして本当は私というキャラクターを動かすコントローラーを握ってるもう一人の私というか神様とか呼ばれてる人がいて、今ここにいる私は操作されてるだけの存在なのでは??!」
「生まれつきの才能とか成長の速さとか与えられた環境とか、これってゲーム始める時にパラメータを自分で振り分けるアレと全く同じなのでは?!だから、例えばかしこさに沢山ポイント使ったから力や素早さに分配出来なかったとか、そういう事なのでは??」

そう考えてみると、すごく色んな事が、うまく説明できるという事に気付きました。

例えば、私はドラクエとかのゲームが好きなので、ドラクエを例に説明してみます。
ドラクエの世界では『悪の化身を倒して世界を闇から救う』みたいな、主人公の勇者が本来果たすべき目的が、物語の主軸として用意されています。
ある程度はその主軸のストーリーに沿って進めていく必要があるので、もしプレイヤーが目的を忘れて変なルートを通ろうとすると、めちゃくちゃ強い敵に出会って「こりゃ無理だ、このルートは間違ってるみたいだから戻ろう」と促されるような結果になったり、街の人に話しかけると雑談の中から「今どこへ行って何をすべきか」のヒントがたくさん含まれていたりしますよね。
これって、現実世界でも同じようなことが起きてると思うんです。
自分が生まれてくるときに背負ってきた本来の主題・命題については、間違った方向にガンガン進もうとすると、必ずひどい困難に遭遇して、「コラ〜そっちじゃないよー!戻って!!」と神様から言われてるような出来事が立て続けに起こったりします。

はたまた、本編の大事な目的に向かうばっかりだと疲れちゃうわ、という人のために、ドラクエだとカジノがあったりして、ゲームの中でミニゲームを楽しめるようになっていますよね。ついハマり過ぎて本気で命題を忘れて没頭しちゃったりする訳ですが。。
これも、まさに現実世界で私がゲームばっかりして現実逃避してる姿と瓜二つな訳です。

私がこの考えに到達したのは、それまでの様々な経験が土台になっていると思います。
十数年前といえば、お仕事の関係で仏教を扱うナレーションが決まったので、手塚治虫先生の「ブッダ」を改めて全巻読み直したくらいの時期だったかもしれません。また、ネットサーフィンしていたら「引き寄せの法則」について説明している怪しいサイトに出会って、それがいかにも怪しげなサイトだったのですが(汗)その割にはどうも真実も含まれているような気がして、熟読してしまった頃かもしれません。そこでは「ハイヤーセルフ」とか「ソウルメイト」とか語られていて、理解出来るような出来ないような、怪しげ〜な感覚を持ちながら読んでいました。

そんな中で、確信を持つ大きなきっかけになったのは、恐らく、『胎内記憶』についての本に出会ったことかなと思います。
産婦人科のお医者さんである池川明先生が書かれた本が数冊、近くの図書館にあったのですが、たまたま手に取って少し読んでみたらとても衝撃を受けて、次々と何冊も読んでしまいました。だって、子どもたちが話してくれる内容は、とても作り話とは思えないものだったからです。

子どもたち(中には青年になるまで記憶が残ってる人も少数いらっしゃいました)の話してくれる内容は大きく分けると、
①お母さんのお腹の中にいる時の記憶
②前世やもっと前の過去世の記憶
③死んでからお腹の中に入るまでの間(中間世)の記憶
という3種類があって、それぞれの子でどれを覚えているかは様々でした。
表現の仕方がみんな少しずつ違ったりはするんですが、でも、これってどれもその子にとってのリアルな思い出を、3歳とかの限られた語彙力で、その子の家庭でつちかったある意味偏りのある日本語で表現したから、という差はあれど、恐らくどの子にも共通点のある同じような体験を表現しているんじゃないの?と思った訳です。
読んだ当時はまだ、私も魂のことについてあまり知識も無かったのですが、特に中間世の表現では子どもたちの証言に結構バリエーションというか、だいぶ人によって表現が違う点があったりしたのがとても不思議でした。
「何でこんなに違うんだろう?ここまで違うって事は、人によって天国で結構違う経験をしてるのかな?あるいは天国にも色んなパターンがあって、違う感じの場所にいた子もいるのかな??」なんて思っていました。
そんな中でも、どうやら魂には何かしら目的があってこの世に来るらしい、ということは、何となく浮かび上がって見えたように思います。

私が『この世はゲームだ』と思う根拠を説明し出すと、それこそ分厚い本が書けるくらいのボリュームになってしまうので、それはこのブログで今後も色々な記事を読んで頂くことで、きっと少しずつ腑に落ちたと感じて貰えるんじゃないかなと思っています。いつかブログを本にして出版出来たら面白いな、なんて思ったりもします。出版社さんよろしくお願いします笑

この『世界は実はゲームである』という考えは、その後も色んな出来事に遭遇するたびに、少しずつ着実に現実味を帯びていきました。思い付いた当時は、周りにもネット上にも、同じような考えの人を見つけることは全く出来なかったんですが、「きっとあと10年したらこの考えはメジャーになってるに違いない、だって絶対事実だと思うもん!」って思ってました。
それから実際に10年以上経った今、同じとは言わないまでも、私と少し似たような考えを持つ人は、確実に増えているんじゃないかなと思います。

そして、ここ数年では、ホメオパシーや、物理学の最先端の理論や、霊性のお話などを総合的に教えて下さる学校で学ぶ事が出来たお陰で、かなり核心に迫ることが出来たように思います。
さらに学校以外でもヒンズー教の教典や、色んな新しい知識に出会うたびに、『この世はゲーム』という考えは私の中でどんどん確信に変わってきています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました